たった一度しか怒らなかったご主人

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昔から三半規管が弱く、疲れるとすぐめまいを起こして来院する80代前半女性。治療後は「あぁ、目の前がすっきりした」と言って帰られます。治療中ご自分の身体のことを語るうちに昔話になることは他の患者さんでもよくあることで、彼女の亡くなったご主人の話を治療しながら聞きました。

父親が突然45歳で亡くなり、長女だったので結局中学校も卒業できず働き始め、そのうち縁談の話が来て何も知らずに新潟の人だから(米には苦労しないだろう)と親戚の言うなりに結婚したそうです。

御主人は温厚でお酒が好きな人で息子さんが二人できてからも子供を決して怒るようなことはなかったそうです。シベリア帰りだということは知っていましたが、全くシベリアのことは話しませんでした。

復員して勤めた会社の給料だけで暮らしていましたがご主人は軍人恩給を受け取っていませんでした。彼女は恩給がそれなりの額だという事を人から聞いて知っていましたし決して余裕のある生活ではなかったのでご主人に「恩給をもらってほしい」とお願いしたそうです。

ご主人に怒られたのは後にも先にもこの一回だけだったそうです。

「俺はこうして生きて帰って来られたが、シベリアの凍った土に死んでいったたくさんの仲間がいることを忘れることができない。生きて帰って来られたうえに恩給などもらうことは仲間に申し訳が立たない。もうこの話は二度とするな」と。

工場長までになったご主人は夜中でも自宅に部下を連れて来てはお酒を振舞ったそうです。
退職後もお酒さえ飲んでいたら機嫌がよかったそうでアルコール性の肝がんが見つかった半年後81歳で亡くなられたそうです。

彼女は若くして父親を亡くし母親が一家の柱だった為、10歳下の弟をおんぶして小学校に通ったとの事。授業中は机の下をハイハイしていたそうですが状況を知っている先生は何も言わなかったそうです。

その弟さんは今?と尋ねたら、先日肺がんの手術後の見舞いに行ってプリンを食べさせてあげたら「いまだにお義姉さんには甘えるんですよね」と弟の奥さんに言われたとの事。術後なのですが何か微笑ましい話です。

こういうことがよくあります。僕としては鍼灸治療をしながらもドキュメンタリーを見ているような感覚なのです。彼女は苦労と共に人生を歩んだご主人の思い出を語り、治療後は「すっきりした、気持ちよかった」と。鍼と灸で気持ちがいいなんて経験のない方は理解できないかもしれませんが。

こういう治療があってもいいと思うのです。気持ちの「気」、これが重要だと思っています。エビデンスで評価される現代医学では評価されませんが「気」という言葉を使わない日はないくらい密接に関わっています。

元気、いい陽気、気が合う、気にしない、いい雰囲気、気さくなど・・・。傾聴でもあり、他にも認知行動療法と併せて鍼灸というような患者さんもいます。薬物なしでも鍼灸プラス会話によってセロトニンやエンドルフィンといった脳内伝達物質が自前で分泌されているのだと思います。元来それが当たり前のことなのですが。

鍼とお灸と話す事で「気」の巡り、滞りが改善されて「気」持ちも身体(眩暈)も楽になったのだと思います。

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