治療中に患者さんと話をしているとテレビの話が出ることがよくあります。
それは高齢の女性の患者さんに多いのですが天気(災害)の話から政治の話、ゴシップ、特番まで多岐にわたります。
「昨日~見た?」と皆がテレビを見ている前提で話題を振られるのですが、このご時世ではいわゆる“テレビを見る生活”をしているのは高齢者の世帯もしくは地上波テレビを面白い、興味深いと思う人たちだけなのではないかと感じています。
というのも個人的にはアナログ放送が終了した2011年の時点で映らなくなったアナログテレビを処分しているからです。
それまでもほとんど見なくなっていましたので買い替える気もありませんでした。
それは既に自宅、仕事場ともにネット環境がありましたし、とりわけYouTubeによって音楽から経済、社会、ニュース、教養、趣味、娯楽などすべての分野で自分が求めているコンテンツを手軽に無料でいつでもどこでも見ることが可能になっていたからです。
わざわざその時間にチャンネルを合わせなければいけない、しかも選択肢(チャンネル)がたった10個程度しかない、そもそも録画が可能であったにしても録画したくなるような番組がすでに無くなってしまっていたのです。
そういうわけでテレビの話題しかない患者さんの話題はかなりバイアスがかかった内容になってくることを感じるようになります。
例えば国内のどこかで地震、台風などの災害があると江戸川区のこの辺りはいい天気で何もない平和な状態でも災害の話題です。
ずっとそういう放送を見ている人はもうそれで頭の中がその情報でかなりの領域を占めているのでしょう。
凶悪な事件があったりするとまた地上波が興味本位に大きく時間をかけて報道するのでそれもまた暇に任せて見てしまいます。
「最近はひどいニュースばかり、昔はあんな事件なんか無かった」というのはそういう患者さんからよく出る言葉ですが、以前からひどい事件は一定数ありますし多くなっている訳ではないのです。
単純に本人がテレビを見る暇な時間ができてそういうワイドショーの視聴時間が長くなっているだけで、しかも情報源がそこだけなのでテレビから流れてくる放送内容が世の中のすべてだと思ってしまいます。
『ファクトフルネス』という本に詳しく書いてありますが、昔に比べるとほとんど全てにおいて現代の社会生活は多くの人が思うよりもずっとマシになっているのです。
民放テレビは見てもらわなくてはスポンサー収入が無くなってしまうので単純に解りやすい構図で不安や怒りを煽りがちになり、そういう話題を大きく取り上げるようになります。
作家で精神科医の和田秀樹氏が自身のYouTubeで高齢者の運転による自動車事故の原因について認知症ではなくポリファーマシー(薬剤の多量処方)の問題をTVタックルで発言したがオンエアでは全てカットされていたと暴露していました。
その理由として製薬会社が番組スポンサーにいる為、結局番組はスポンサーに忖度した内容にならざるを得ないのでありそれがテレビがオワコン化している根本原因であると発言していました。
次回は、では逆にテレビを見なくなった層は情報やニュースの取捨選択に問題はないのだろうかということについて考えたいと思います。
参考:『薬害交通事故』和田秀樹 ワニブックスPLUS新書
『ファクトフルネス』ハンス・ロスリング 日経BP



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