頚椎症性脊髄症はかなりざっくり簡単に説明すると腰部脊柱管狭窄症の頚椎バージョンと言えば理解しやすいでしょうか。脊髄のより上流でのトラブルになるので症状も手の巧緻障害など上肢にも出現します。
脊髄が通っている管を脊柱管といいますが、もともと脊柱管が細い人に加齢性変化によって頚椎症が生じると人によっては脊髄が圧迫されて脊髄の麻痺症状が現れます。症状、腱反射などの徒手検査と画像検査により脊髄が圧迫されている様子で診断されます。
一人目の症例。「手術しないと歩けなくなりますよ」と言われて15年前に手術をしたという93歳の患者さんから出張治療の依頼がありました。主訴は伝い歩きもできなくなってきたということでした。行ってみると室内にもかかわらず普通に靴を履いてあちこちにつかまってやっと歩いています。
手術をして以来、感覚が変わってしまい靴を履かないと歩けなくなったのだそうです。人生で別の選択肢は検証しようもありませんが、手術のお陰で今でも歩けているのか・・。担当医としては成功と言うのかもしれません。本人は手術で何も変わらなかったと後悔していますが。
高齢でもあり圧痛の出ている腰部、仙骨部に鍼灸治療をしましたが結果を出せませんでした。事前に顕著な改善は期待できないが痛みは楽になるかもしれませんと伝えて始めましたが、それ以上に期待外れだったのかもしれません。
もう一人、やはり頚椎症性脊髄症の患者さん。86歳女性。やはり「手術しないと歩けなくなりますよ」と医師に言われましたが、高齢なので何とかならないかと相談がありました。「足が前に出ない」という主訴を訴え総合病院でMRIによって診断されていました。
医師の言う「手術しかない」は“だから諦めて現状を受け入れなさい”という裏の意味の場合もありますが、「90過ぎても大丈夫なんだから」と本気で手術を勧められていました。
『頚椎症性脊髄症診療ガイドライン(2015)』でも早めの手術(後方もしくは前方から脊髄を圧迫している骨を削って除圧する)を勧めています。
また、(高齢者においても周術期の合併症に注意して)「下肢運動機能が悪くならないうちに手術を行うことは整形外科医にとっては常識的な事項ではあるが」とあります。
この患者さんには、頚には触れず痛みの出現している肩甲骨内縁から上腕に治療と加えて腰部脊柱管狭窄症も存在していることもよくあることに留意して腰椎下部の鍼灸治療をしましたが結果的に主訴への効果はありませんでした。
しかし、足首から下の浮腫に関しては鍼灸治療の効果があった為(患者さん本人は足が軽くなったとのこと)むくみの改善のために治療は何回か続けました。
主訴に直接的な効果がない場合でも治療の過程で別な愁訴が改善されるというのは身体全体を整えようとする東洋医学の思想から考えてもよくあることなのです。
よく治療院のサイトなどの「お客様の声」などで皆、治った、効いた、良かった、楽になった、などの感想がありますが、あえて主訴には効果がなかった適応外(※参照)の症例をとりあげました。
というか、ケアマネさん経由、訪問看護師さん経由の案件は個人的にはこういった治療家としては厳しい設定が少なくないとも言えます。
頚椎症性脊髄症の患者さんに鍼灸治療の同意書(保険治療の許可)を書いてくれた医師の理解に感謝するとともに依頼を受ける時の今後の見通し、予後の説明に客観性を持ち期限を設定し治療にあたること、そもそも患者さんにとって価値あるものを提供できているのかを意識する大切さを再認識した症例です。
※診療ガイドラインにも「代替医療(鍼、灸、マッサージ、整体、カイロプラクティック)は有効か」という項目があり「有効であるエビデンスはない」とあります。
エビデンスに関しては【エビデンス至上主義の罠】(2021年2月18日UP)、【エビデンスって何さ】(2021年6月11日UP)で触れています。
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