その人が苦しいって言ったら苦しいんです!

晴耕雨読

『脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出』 鈴木大介著 (新潮新書)。41歳で脳梗塞を発症して初めて理解することができた「脳コワさん」(脳が壊れる、つまり生まれつきのものを除く脳卒中を起因とする高次な脳機能障害やうつ病、統合失調症、PTSD、パニック障害その他諸々)の苦悩の続編。

特に当然解っているはずと思っていた医療関係者に理解してもらえない微妙なニュアンス且つシリアスな後遺症の症状にもどかしく感情失禁しつつ、苦しむ著者が健常者➡脳コワさん➡3年弱で95%回復するまでの気付き、そしてそこからの提言です。

前著『脳が壊れた』の読後も【執着はしんどい 寛容編】https://s-thoughts.com/d-suzuki01/ で書きましたが、この続編でもテーマは専門家にも理解されていない脳機能障害のデティールを理解しやすく説明してくれています。そうか…そういうことなのかと。

前回以上にリハビリ現場の理学療法士、作業療法士、言語聴覚士や脳神経系の医者にもぜひ読んでもらいたいと思います。医者まで含めた理由は、ちょっと長いけどニュアンスを損なわない為にそっくり引用させてもらいます。

『心を病んでいる者は、心に大けがを負って苦しみ続けている者だ。だが精神科医療のほとんどは、その苦しんでいる者に「痛み止め」としての抗鬱剤や抗不安薬や睡眠関係の処方薬を出すだけで、その「怪我そのものの治療」や「怪我をさせ続けている原因へのケア」をしているようには思えなかった。脳コワさんの当事者はそんな精神科医療にはとっくに見切りをつけて、精神科は「鎮痛剤を出す薬局」ぐらいのポジションで付き合っている者がほとんどだったと思う。唯一積極的に「怪我の治療」に踏み出しているのが、(前章で少し触れた)認知行動療法だと思うが、僕が取材した対象者の中でそこに辿り着けている人はほぼいなかった。
 これは僕が見てきた一部のケースだろうか?絶対そうではない。なぜなら、もし精神科医療が、その心の怪我やその原因と向き合っていれば、少なくとも通院してくるその当事者の抱えた貧困問題や家族問題や、場合によってはリアルタイムに被害を受け続けている暴力だとか、そんなものに気づかないはずがないし、気付いていれば精神科医療の現場は、「多くの社会的困窮者のワンストップ」として、さまざまな暴力の被害者や貧困当事者のアウトリーチの先鋒になってきたはずだ。
 現状でそんな気配が微塵もないということは、多くの精神科医療が僕の取材対象者たちが接してきた「薬局レベル」と同等ということになる。ということで、僕は病前の記者活動の中で日本の精神科医療界隈には呆れや諦観の感情を募らせてきた。
 そんな僕が、自らが高次脳機能障害になって怒りの脱抑制を抑え、医師と交わしたやり取りは

「苦しいです、話しづらいです」
「ちゃんと話せてますよ」
「呼吸しているのに息が吸えてないみたいです」
「呼吸やめたら人はそうやって話せないんですよ」

これだけでもう僕は、それ以上食い下がることもできず、「やっぱり医師とはこの程度」と見限ってしまった。この時点で、僕は少なくとも医療支援とも、そこを起点とする地域支援とも断絶してしまったと思うのだ。』  (P.246~248)

そういうことなのです。確かに医師側から見ればこういった目に見えない症状や障害はリハビリ、薬物治療か、カウンセリングによる認知行動療法ぐらいのものだが、認知行動療法は何しろ手間(というか技術)と時間がかかるので忙しい医師がなかなか対応できないという事情もあります。しょうがないので、2016年から訓練を受けた看護師による医師の監督下での認知行動療法が保険適応になりましたが、それもいろいろな理由でまだまだのようです。

巻末の著者の妻(脳コワさんの先輩)による闘病看病総括でも

『わたしの感覚としては回復率は病前の95%ぐらい(略)今になって思えば「お医者さん嘘をつかれた!」というのが率直な感想でもあります。(略)実は家族であるわたしが、主治医やリハビリの先生などから説明を受けたのは1回のみ。それも入院直後に主治医から受けた説明が全てで、それも一方的に「脳梗塞後の障害は半年までは回復するが、その後は回復しない」と言われておしまいというものでした。』

僕もそれに関しては確かに、半年くらいで急速に角度が鈍る回復度曲線のグラフ付きで脳卒中後の機能回復の難しさを学んだ記憶があります。統計的にはそうなのかもしれませんが、それを踏まえても例外や年齢、そして相手の気持ちを考慮した患者さん、家族への予後の説明ができたと思えるのですが。

『最もハイリスクなのは何者とも「繋がれない」ひとたちだ。(略)僕自身、記者としてそんな彼らを見ながら、助けようと手を出す人がガブっと噛まれたりするのを見ながら、どうしてこんなにも面倒くさい人になってしまったのだろうと思ったことが何度もある。けれども自身が脳コワさんとなって、僕自身が面倒くさすぎる人間になって脳コワさんは脳コワさんだからこそあの救いようのない孤立に陥ってしまうのだ、と身をもって知った。』

『大事なのはたとえ脳コワさんみたいに「見えない苦しさ」であっても、大前提として人が苦しいといっていることを「ないこと」にしないことだと思う。その人が苦しいって言ったら、苦しいんです!』

これが全てだと思います。筆者は卓越した表現力と回復によってその微妙な違和感を“井上陽水”(もやっと羊水の中にいる様な感じ)や、“初恋玉”(言いたいことがキュンとしてうまく言えなくなる状態 cf、ヒステリー玉)等々、造語を自ら編み出しては夫婦で冷静に分析して対応しています。が、著者以外の“脳コワさん“にはとてもとても無理だとも思えます。

そんな表現できない人たちを僕たち医療、介護、福祉関係者が少しでも認識、理解、対応を工夫することによって彼らの予後やQOLが大きく違っていくでしょうし、支えになれるのではないかと思います。

そういったことも含めてどこに相談したらいいかが分からないという方は、当院の近所にある江戸川区社会福祉協議会運営の「なごみの家 小松川平井」に気軽に行ってみてください。なごみの家は江戸川区内各地域にあります。子供から熟年者まで誰でも集える交流の場ということです。

僕は僕で出来ること、鍼灸治療で地域の方に少しでも力になれるならと思っています。主に痛みなどの相談になると思いますが。よくわからないけど何だか不安、というのでも結構です。不安というものは大体漠然としているからこそ不安なのでもあり、立ち向かおうとするからこそ余計に不安が増すのですから。

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