40歳代男性。仕事が溜まってくると背中から腰の張りが出て、それが続くとぎっくり腰の前駆症状のような不安な状態になり、数か月に一度ほどの割合で治療に来ます。
その原因として、「僕は酒も飲めないし…(ストレス解消ができない)」という言い方をしていました。
もともと下戸なのでアルコールで気晴らしができない、それもあって体の不調につながっているのだ、と嘆いているのです。
ちなみに彼の下戸は父親譲りなのですが、母親も彼の奥さんも(皆患者さんなので知っているのですが)お酒はそこそこ飲めるのです。
とはいえ仕事はそれほど苦ではないようで、趣味のスポーツをしたり息子さんとゲームをしたりラーメンを食べに行ったりと特にストレスフルでもなく、趣味も全くないという人でもありません。
しかし、アルコールは彼にとっては未経験、未知の領域のうえに奥さんなどを見ていると羨ましく見えてストレス解消の切り札のように錯覚されてしまうのかもしれません。
しかし・・・。お酒を40年近く飲んできて6年前にやめた私としてはストレス解消には全く影響がないことを伝えました。“すべては自分の考え方次第なんですよ”と。
むしろデメリットを考えると飲まないほうが良い選択であり、また飲めないほうが結果オーライであると思っているのです。
まず、他の気晴らし、趣味との決定的な違いは張りつめた心やつらい気持ちは緩むかもしれませんが、それはアルコールという安価で合法的に手に入る「薬物」のせいだということです。
100円そこそこで手に入ってしまう気楽な薬物ですから健康法として晩酌を続けている高齢者や風呂上がりの一杯など、コントロールしている、できている大部分の人はいいのです。
そうではない気持ちの弱さ、辛さからアルコールに逃避しようとする人の場合であれば簡単に依存症になりますし、そこから抜け出すのは容易ではありません。キング・オブ・ドラッグと言われる所以です。
またそういう自分をコントロールできない人のアルコールのせいでどれだけの悲しい思いを生み、さらに悲しい事故、事件が起きて尊い罪のない命が失われたでしょうか。
私も絶対に飲まないという訳でもなく親戚、友人との食事の時には飲んだりしています(年1~2回程度)。機会飲酒というやつです。
しかも夏や年末の季節になるとテレビは見ないのでわかりませんが、ネットの広告でもアルコールの広告が流れます。
あのシュワーッとした広告を見せられると我慢をしていない私でも正直たまに飲みたくなってしまいます。それがコンビニで安易に手に入ってしまう日本社会はいい環境とは言えません。
しかしアルコールのない(非薬物依存)生活に慣れてしまうと何てことありません。
去年、24回目の来日で公演をしたエリック・クラプトンのインタビュー記事からです。(読売新聞オンライン 2025/04/22)
40歳を過ぎてからアルコールをやめたことに関して「考え方が変わりそこからもう一度人生をやり直すことになった」と語っていました。
それまでのアルコールとドラッグの生活からすっかり素面の生活になったのです。
80歳になったのですがこの歳になっても精力的にコンサートをする理由の一つが判った気がしました。
薬物依存の治療施設「クロスロード・センター」の設立に私財を投じ、30年近くに渡って運営を主導しているのです。
自身のアルコール依存からの脱却を通して得た経験が他の依存症患者の矯正の助けになり自身のアイデンティティーにもなっているのです。
「私にとっての心の支えなんだ。自分に対する尊厳というか、ただ何もせずにさまよっているだけの人間じゃないのだと思わせてくれる」と語っています。
アルコール依存は自己尊厳、自己肯定を失くしてしまうのです。
コロナのロックダウンに賛成しなかったのも多くの人が家に閉じこもってアルコールに走って命を落とした人がたくさんいたからだと。
「メンタルヘルスも深刻だった。だからクロスロード・センターを続けていくことは最も大事なことだと思っている」とのこと。
ここまでクラプトンに言わせてしまうことこそが、40歳代前半で禁酒し人生をやり直しその後の40年が如何にそれまでに比べて満たされていて充実した時間であったか、を物語っているのです。



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