書生をしていた頃、患者だったお兄さんの紹介でぎっくり腰の40歳前後の患者さんが奥さんの運転で支えられながら朝一番で来院しました。僕の師匠は最初の治療時には問診が長いというか丁寧な人でしたから、近況、体調からそうなるまでのいきさつを聞き始めました。
程なく、その男の人はイライラし始め、「そんなことより忙しいんだから早く治療をしてくれ」というようなことをかなり強い口調で言ったような気がします。気が短い人なのか、それとも朝から仕事が詰まっていたのでしょうか。
師匠はそう言われた時点で、何と既にやっとベッドに横になっていたその患者さんの治療を断ったのです、「病院へ行ってください」と。患者さんは元々イライラしていたので何も言わずにまた奥さんに支えられて帰っていきました。それ以降、当然本人も、残念なことに常連だった大人しい公務員のお兄さんも来ることはありませんでした。
医者は正当な理由なしに求められた診断、治療を断ることは禁じられていますが(医師法19条-応召義務)、鍼灸師にはそんなものはありません。こんなことは後にも先にもこの一回だけでしたがやはり師匠の心の中では治療家として譲れない部分だったのだと思います。
横になっても痛みが緩和されないという強い痛みがある状態や膀胱の感覚に異常があればそれはそれで鍼灸治療の適応外ですが、そういう判断ではないようでした(僕が気付かなかっただけなのかもしれませんが)。
この患者(にならなかった人)も精神的か肉体的かその両方かギリギリの状態で頑張っていたのでしょう。ですが僕の師匠は腰が抜けて治療をしに来ているのになお謙虚に人の話を聞けないこの人の精神状態を考えるとこの人に治療しても無駄だと判断したのでしょうか。それとも単に、朝一番の無礼な人間にやる気がそがれたのかもしれませんが。
急性腰痛にしても決して偶然になる訳ではありません。引き金は腰椎、椎間板、脊柱起立筋への負荷かもしれませんがそれはあくまでも引き金であって、ほとんどの場合はそうなる条件が整っている状態での引き金(前かがみ、くしゃみ…)なのです。
腰が抜けてもなお、自分の過ち(=原因は自分にあります)に気づけずその上イライラを抑制もできず、その後どうなったかわかりませんが僕にとっては最も東洋医学的な考え方から遠いところにいるヒトという強烈なインパクトを残した遠い昔のある朝でした。
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