急性腰痛(ギックリ腰)で来院して以来、「ヤバそうなので来ました」と言って来るのが8割、「やってしまいました」と言って来るのが2割の40代男性、小さな会社の経営者。半年ぶりの予約で今回も幸い前者だったのですが何しろ“身体(ここでは筋肉)が硬い“のです。
それは慢性腰痛患者の必要十分条件とも云えます。当然と言えば当然で、だから痛みを感じるし、その負荷が一線を超えると筋肉や椎間に炎症が起こり体幹を支えられなくなります。これがギックリ腰です。筋肉の柔軟な人には腰痛はまず起こりません。強風で頑丈そうな硬い木は折れたり倒れたりしますが竹はそうはなりません。道理としては同じです。
サポータ機能のコンプレッション下着に凝っていて、「もっとストレッチやればいいんですけど足りないんです」「ストレッチやるように周りから言われているんですけどね」と、全てはストレッチ=筋肉を伸ばし緩めることで解決すると思っているようなのですが、それが間違いなのだと思います。
ミクロ的なことに囚われマクロ的な視点が欠けているのです。エビデンスやデータ(画像、数値)が全ての西洋医学(整形外科)にも共通する陥りやすいアプローチです。運動選手や肉体労働で特定の筋肉を酷使した場合の凝り、痛みの場合にはこの考え方が有効でしょうが、ストレスフルな仕事や(多くの場合)楽しくない長時間労働によって起こる筋肉の凝り、痛みではそもそも原因が違います。
症状、状態が同じ「凝り、痛み」で言い表されるものでも、何処に、何にマクロ的な意味での原因があるのかを考えなくては早晩、同じ事をくり返します。
この患者さんの場合は“経営者、幹部社員にありがちな長時間労働”(やらされている感もなく肉体的にも精神的にも疲労を自覚しにくいのでタチが悪い)に身体が悲鳴をあげての急性腰痛(今回は前駆症状)なのです。
こういう場合いつも言わせてもらうことはタイトルの通りです。「いいこと言いますねぇ」と返ってきます。そう、本人も判っているのです。解っていればあとは本人次第なのですがそう簡単にはいかないのも理解できます。
身体のストレッチそのものは筋肉への刺激にすぎません。ここで云う心のストレッチはゆっくりストレッチをすることができる状況それこそが重要だということです。ですからそれが瞑想(メディテーション)、座禅、太極拳、気功、ヨガでもいいのです。
これらに共通するのは、非日常的な姿勢で静かにゆっくり呼吸をすること、つまりそれが“身体が硬い”ヒトが日常で欠けていること、それを補う方法なのです。
でもきっとこの患者さんは「それが出来ないからココに来てるんでしょうよ」と思っているかもしれませんが…。
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