幸せそうな人(≒幸せな人)には周りからそう感じさせる考え方、生き方、生活の習慣のようなものがあるのではないかと多くの患者さんを見ていて感じます。
それは自己肯定感という言葉で言い表すと理解しやすいかもしれません。
少なくとも現在の自分自身を受け入れている、満足しているからこそ幸せだと感じることができるのだと思います。
そして逆もまた言えるのではないかと、幸せだからこそ現在の自分自身にも満足しているということです。
同じような概念ですが、それは思考の習慣であると言い換えてもいいかと思います。
生活習慣病とはよく言ったものでその生活習慣を繰り返していると病気につながっていく、そんな習慣があるということです。
以前は成人病と呼んでいました。しかし年齢を重ねると確かに動脈硬化が起きたりして血圧が高くなりがちですが全ての成人がそうなるわけではありません。
やはりそうなるにはそれなりの条件があります。年齢、性別などどうしようもない条件もありますが性格、仕事、食事、生活パタンなど繰り返し続けるいわゆる「習慣」によって大きく違ってくるのです。
そのような理由で成人病とは言わずに生活習慣病と呼ぶようになったのです。この生活習慣病という呼び方にしても全て本人の生活習慣(の悪さ)に起因があるようなネガティブなイメージがあるためそれもどうなのかという議論もあります。
そしてその自己肯定感、思考習慣の基礎となり幸せを支える身体の土台となる生活の習慣は、究極的には睡眠、運動、食事の3つを整えることに集約できるのではないかと考えます。
十分かつ快適な睡眠、少なすぎず多すぎない弱すぎず強すぎない適度な運動、ゆっくりと時間をかけて食べる栄養バランスのいい食事。
この三つが守られていれば身体がトラブルに見舞われるリスクはかなり低くなると思います。
またこの三つを守るためには日常の生活に過剰なストレスをかけてはいけませんし、しかしかといって適度な緊張感もなければいけません。
フルタイムで仕事をしている人や、仕事と子育てを並立させている主婦などは過緊張、過労、過敏のほうに振れがちですし、反対に退職した人や全ての時間が自由に使える人は何もすることがない、何もしたくないという弛緩した状態に振れやすくなってしまいます。
上記の基本の生活習慣の三つをちょうどいい状態で生活するためにもどんなシチュエーションであっても規則正しく(それが体には最も負担が少ないようです)、謙虚と感謝の気持ちで心穏やかに与えられた当たり前ではない今日一日を大切に過ごす。
そういう何でもない普通のことの繰り返しが結局のところ究極の幸福“感”ということになるのではないのでしょうか。



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