うつは“心”ではなく“脳”の病気

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以前うつは「心の風邪」などと軽めに言われていましたが、最近ではある産業医はそんな軽いものではなく「心の複雑骨折」だと比喩していました。

どんな疾患でもそうですが、とりわけ精神疾患は当事者になってみないと理解しにくいのではないでしょうか。

基本的には抑うつ症状、身体が鉛のように重くなること、その怠さは『朝はあなたが思っているその十倍ぐらい怠い』『何事も悪い方に取ること、つまり最終的には死にたくなること』と。(「うつ病九段」 先崎学著 文芸春秋)

だれでも憂鬱な気持ちはわかると思いますが、そこから先(うつ症状からうつ病)の段階や身体の変化は各々違いもありますし解りにくいのですがこの本を読むとありのままのうつ病患者の姿が描かれています。

うつ病患者自らがその身体状況、精神状態を発症から回復まで的確に描写しているので(回復後期にリハを兼ねて書けと指示した精神科医のお兄さん流石です)とても理解しやすいのです。

なかでも理解しやすいのはうつ病になると集中力、思考力が極端に駄目になるということです。

それは、とりもなおさず著者がプロ棋士というそれこそ「脳が全て」の職業だからであり、この本で著者の兄が『うつは「心の病気」なんかじゃなくて「脳の病気」だ』と言っているのが腑に落ちます。

著者は将棋の九段ですから当然ですがめちゃめちゃ将棋が強いわけです。

昔、(三人の兄達は)「頭が悪いから東大へ行ったのだ」と言った棋士がいましたが。

しかし入院中に普通は飛車角落ち相当のアマ初段の看護師に、平手(ハンデなし)でやっとのことで勝ってぐったり疲れるという状態であったり。

退院後も奨励会(プロ直前の若手)同士二人の将棋を見て『盤上に何が起きているのか理解できない。異国のゲームを見ているようだった』など本来の脳が機能していないことが証明されます。

これはうつ状態の時は決定ごと決断、契約などを先送りするように医師などから指示されますが、それはこのように圧倒的に思考能力が低下し集中力が鈍り、結局のところ正常な判断が出来なくなるということへの対策なのです。

特に印象的なのは、『詰将棋ならばうつの脳でもできるのではないかと試しにやってみた』『以前の私なら三十分もあれば全問解く本である』という九手詰から十三手詰の百問入った問題集(つまり20秒弱で一問解ける程度)が全く一問も詰められないという事実。

『数学の教授が小学校の算数も分からないようなものである(略)私は私自身が信じられなかった』

その後、考えると頭が痛くなってしまうので『一時間ほど休んで疲れが取れると今度は七手詰の問題集を持ち出した。前の本より断然易しく、七手詰なんて小学校の算数どころか息を吸うようにできてたわけで、要はがっくりした頭をこれによって元気付けようと思ったのだ。なんと詰まなかった。』

その後泣きながら『元気なころならば形が平凡な五手詰を一秒以上考えることなどありえなかった』『小学校三、四年のころにはもう瞬時に解けるようになっていたはずの五手詰』を40年振り(!)に百問解いてやっとのことで達成感を覚えています。

そしてここから徐々に回復を重ねプロ棋士との練習で二十数手詰を短い時間で読み切って詰ますことができるまで回復して自信を取り戻しています。『ゲームはうそをつかない』ということです。

また、著者の兄の弟への精神科医としてのアドバイスが的確で示唆に富んでいます。『うつ病は誰でもなるし、「死ななければ必ず治る」だから自殺はいけない。』『究極的にいえば精神科医は患者を自殺させないというためだけにいるんだ。』と。

また、とにかく散歩をすることを勧めています。そして眠れていれば必ず良い方向に進んでゆくと。でもうつへの偏見はこれからも無くならないだろうとも。

しかし将棋の力で中学生時代のいじめに勝ったように、偏見にも負けない心が戻ってきたことを本人が確認してこの本を結んでいます。

忙しすぎて、精神的負荷でよく眠れなくなった、朝起きれなくなった、起きても動き出すのがとてもしんどい、または抑うつ症状があるなら会社を休んでぜひ精神神経科に相談していただきたいと思います。

安定してきたら鍼灸治療もいいと思います。

そしてこの著者は休んでいる間の補償があったり、精神科医が近親者だったり、いい後輩がいたりで境遇としては相当いい方だと思います。

同様の症状を抱える人にとってはこのノンフィクションに目を通すことだけでも、うつによる脳の機能低下を理解し何かを掴むいいきっかけになるのではないかと思います。

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