高齢者施設の施設長の40歳代男性。デスクワークで煮詰まってくると背中から腰の張りが強くなり治療の予約が入ります。
ストレスフルなのかと思い確認するとそれはあまり感じていないとのこと。ただスタッフのやりくりが大変で気を使うとのことでした。
仕事は夜勤もあってそれなりに大変なのですが利用者さんに対しては淡々とやっていると。
「基本、生きてくれてりゃいいんですよ・・・」ぼそっと言ったこの一言がいい意味で脱力した彼の気持ちを表現しています。「でもそう遠くないうちに亡くなってしまうんですけどね・・・」
「・・・そりゃそうですよね」と応答しながらでも考えてみれば施設の高齢者でなくても同じことじゃないかと思いました。
彼は自分の仕事において求められていること、基本的な仕事に対する向き合い方を偽りなく言ったつもりなのだと思います。
彼の立場でのその言葉の意味とは違いますが、高齢者施設の利用者さんに限らずどんなシチュエーションでも要は生きてりゃいいのです。
辛いかもしれないが生きてりゃ何とかなる。しかし幸せでも不幸でも必ず終わりは来る。だとすれば今日を生きるしかない、この今を楽しんで生きなければと、できることをとりあえず一生懸命やろうと思えるのです。
10代20代も80代も90代もその先も、生きていれば生きていることそのものが、存在していることそのものに何らかの価値があるのではないでしょうか。
生きていること、存在することそのものが正解であり、最低限の自己肯定なのです。
生きていることに「価値」があるのではないかとは思いますが、生きていることに「意味」があるかと言われると意味など無いかもしれません。
しかし、そこは他の動物が生きがいなど考えないようにそんなことは考えなくてもいいのでしょう。
人生は長い夏休み、壮大な暇つぶし、そもそも不要不急であり、あまりに長すぎるから暇つぶしに何かやるのだと言った人がいましたがそれが真実、それでいいのかもしれません。
生きる目的は、なんてそんなたいそうなもの無くてもいいのです。
生まれて生きて死んでゆくそれまで楽しく少しでも楽しく、この“ホテル地球”にチェックインしたからにはチェックアウトする時まで楽しい時間を過ごす、ただそれだけなのです。
とはいえこの長いと言えば長い、短いと言えば短い余暇を楽しく過ごすためにも・・・そこはそこそこのアイデア、そこそこの努力、そこそこの積極性が必要になってくるのかもしれません。
そう言った意味で考えると、そこには人それぞれの考え方や年齢(つまり気力と体力)相応の人生の歩き方が反映されてゆくのだと思います。
それぞれ素敵なロング・バケーションをお過ごしください。



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