死を生きた人びと

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祖父、鴎外と同じく東大医学部を出て食道がんの専門医として最前線で40年を駆け抜けた筆者が定年後に勤務した新座市の堀ノ内病院で2005年から引き継いだ数名の往診からの訪問診療、在宅医療でしたがその10年余りの中で出会った患者さんたち。

もちろん華やかなどではありませんがどこか潔い人生ドラマに感応し、いわゆる常識的に周囲が考えたものではないその人が望む最期を迎えられるよう尽力する様がオムニバス調で描かれています。『死を生きた人びと~訪問診療医と355人の患者』 小堀鷗一郎 みすず書房

そのあとがきに

「二年前私は本書を10年余りの私の在宅医療の経験を元にした啓蒙書のかたちで書き始めたが、約六か月で情熱を失って頓挫した。

(中略)たまたま書きかけで終わった原稿を目にした若い同僚から、私の事例の描写がその人物の一人一人を蘇らせるようで、平凡な市井の人々の死が意味あるものに思えてくると言われた。

このとき、私の心を動かしたのは、そのような個々の患者の死の記録を残すことは、誰からも顧みられることなく、無名のままこの世を去った人々への挽歌として意味があるのではないか、と同時に、医師という職業の最終場面に差しかかっている自分自身にもふさわしいのではなかろうかという思いであった。」

【ロング・グッドバイ】(2021年12月8日、2023年9月7日UP)などでも書きましたが、必ずしも直接死の現場に直面している訳ではありませんでしたが、僕が患者さんに接して感じていたこともまさにこういったものでした。人生の先輩の患者さんたち一人一人が語る人生ドラマは全てリアルでノンフィクション、真実の重みがありました。

無名の人それぞれの最期があり、それをとり巻く家族や子供たちそして他の医師、コメディカルスタッフとの終末期の考え方の相違も多々あります。

しかし、誰もが老いてそして死は必ず訪れます。その逃れようのない真実を受け入れ、家族にとってそして何より本人にとって望ましい最期とはどのようなものかを再考させられました。結果的に著者は355人の患者さんのうち271人を在宅看取りしています。

本題には関係ありませんが著者の母、小堀杏奴の『晩年の父』(ちくま文庫)も森鴎外の父親らしい娘への一面を垣間見ることができる心温まる作品でした。

この『晩年の父』の「序」に「…自分の書いたものが一冊の書物となってこの世に生まれ出ると思うと本当に嬉しいが、また今更に自分の力の足りないことを思って一種の不安を感ぜずにはいられない。この不安はちょうど近く生まれようとする私の最初の子供に対する、あの不思議な喜びのまじりあう不安と同じものだ」(昭和十年十一月十五日)とあります。

これは小堀鷗一郎の2歳上の姉が近く生まれる時期に、彼女が13歳の時に亡くなった優しかった父鴎外を思い出して書かれた本です。

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