治療中によく患者さんが「認知症になりたくない」とか「ボケ防止のツボありませんか」などと口にされます。相当皆さん恐れているようです。やはり自分が自分でなくなるというイメージが恐いのだと思います。
しかし、他の疾患に比べて認知症に関しては進行を遅らせる程度で確実に予防する方法が未だありません。患者さんには「基本的に脳に適度な刺激を与え続けることが良いのではないでしょうか」と言うしかありません。
刺激と言っても計算ドリルを解くなどという直接的な大脳皮質の一部への刺激よりも散歩など全体的に刺激を与え身体を動かす方が実は脳全体にはいいのです。
アルツハイマー型認知症の僕の患者さんではアリセプト®(ドネペジル塩酸塩)、メマリー®(メマンチン塩酸塩)がよく処方されているようですが対症療法としての機序ですし、新薬に関してもイーライリリーが新薬の申請を断念したり、バイオジェンなどが臨床試験を実施中のようですが、基本的には原因物質が蓄積してからの薬での対応は難しいと思います。
薬での対応が大変なのは発症した時点ですでにかなり長い潜伏期間(脳の変化)があることがわかってきたからです。出るべくして出たものを薬の力でどうにかしようという発想が大きく後手に回っています。アミロイドβやタウと呼ばれる蛋白の蓄積をどうやって防ぐ、除去できるかという部分で失敗が続いているのです。
そこで現在は前段階のMCI(軽度認知障害)という時点で日常生活の見直し、治療をすることが大切になると考えられています。でも、この段階でも区分としては認知症であり、さらにもっと前の、病理的な変化は起きているが無症状の段階(プレクリニカルAD)で治療を開始するという予防治験も開始されています。
10年来隔週で必ず来院していた80代女性患者さんの場合は「段々(来院が)億劫になってきた」と言っているうちに来なくなってしまいました。隣町に住む娘さんが来院させようと予約日の朝に電話で確認をしたりしましたが、僕には「お客さんが来たから」とかいう電話をしてきてキャンセルします(そのうち連絡も無く来院しないという形に)。これはMCIの患者さんによくある“取り繕い”と呼ばれるもので、自分の思考、判断能力の低下を適当な理由をつけて取り繕うということです。
認知症で必ず現れる中核症状では記憶障害のほか見当識といって待ち合わせの時間、場所の約束でミスをしたり、服のコーディネイトが単調でおかしくなったり、料理ができなくなってしまったり、それに加えてうつ症状や不安、睡眠障害など周辺症状があらわれたり症状は様々です。
結局、火事でも腫瘍でも認知症でも早めの発見がとにかく大事ということです。例えば白内障であれば水晶体の濁りですから眼内レンズに取り換えればいいのですが、認知症は脳の萎縮または質の変性です。しかも身体の中で切除したり取り換えたりするのが最も難しい部位です。だからやはり適度に使っていくしかないのです。
人間も、動物です。頭も筋肉も骨も使っていくしか、使い続けていくしかないのです。そのうえでダメになったら・・・予期不安は止めましょう、その時はその時です。効果の高い新薬はまだまだ先の事だと思います。
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