幸せだと思っているのが幸せ

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以前「老後100万円でいい問題」というのを書きましたが、お金と健康など「幸せとは」と考えさせられることが多々あります。

健康に携わる仕事をしていますし自分自身も含め人生後半、終盤の人に接する機会も多いのです。

その治療中に話す他愛もない会話の端々にもしくは何も話さない人もそれなりに、その人それぞれの幸福観が伝わります。

そして、総じてほとんどの人は基本的に幸せそうに見えるのです。少なくとも私はそう感じています。

もちろん、誰も知らない場末の治療室に自ら予約をして来院する人達ですからなかなかのバイアスがかかっているとも言えるのですが。

治療間隔の長短は様々あり一様ではありませんが反復して鍼灸治療をしようという動機付けが私にとっては有難いですし、称賛に価すると思っています。

それは鍼灸治療、東洋医学というものに価値を見出し、且つ認めてもらったことに対してそう感じるということです。

東洋医学が好きな方はその基本的な考え方を自然、自助努力、医食同源など人間本来が持つ力、疲労を含め回復力や自律神経などを含む恒常性の維持など、もともと自分の身体に備わっているものを保っていこう(いきたい)という意識が強いのです。

またその身体の反応に敏感に対応しその延長での軌道修正、メンテナンス、微調整として通院されているのだと思います。

東洋医学はそんなに…という人でも身体の不具合を感じた時だけ「ここは鍼灸だろう」と思い出して来院される層も一定数いることは西洋医学のフォローしきれない部分や対症療法への矛盾に違和感や物足りなさを持たれる人が多いことを示しています。

そしてそういった人たちの考えの基礎には自分の身体なのだからできるだけ人任せにしないという考え方があるのです。

それは一般的には年齢とともに飲む薬は増えていくのが普通であるように感じるのですが、患者さんの特徴として一様に服用している薬が少ない(もしくは単に薬嫌いだったり)というのがあります。

薬が処方されるのをただ医師にお任せで飲んでいますという受け身ではなくて自助努力で少しでも何とか改善できないかと能動的、積極的に考えた結果なのです。

これはとても重要なことです。もともとが健康であるという要素があるのかもしれません。

しかしそれ以上に考え方、食事、身体への気遣いなど生活習慣すべてに関して自分でコントロールしていこうという意識の高さがあり、それが結果的に身体という最も大切な道具の長持ち(つまり健康長寿)につながっているということなのです。

とどのつまりその考え方、行動が日々の生活ひいては人生においての「幸せ」につながっているのではないかと思うのです。

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